地獄のマルチーズ
子どもの頃私は両親と弟、祖父母のほかに叔母と住んでいた。
叔母は、私や弟の世話をしてくれたり家族のためにお菓子を買って帰ったりなにかと面倒見がいい人で、他にも捨て犬を連れて帰っては姉である私の母に飼えないよと言われ
他の飼い主を探したりしていた。
このブログで以前、なんでも拾ってくる祖父となんでも捨てる母の攻防を書いたけれど
叔母は完全に祖父に似たのだろう。
しかし、何と言われても気の毒な動物を見かけたら何とかしたいと思うのが叔母なのだ。
ある日の事、仕事から戻った叔母が庭で遊ぶ私にむかって「ごごちゃんマルチーズ拾ってきたよ」と笑顔で声をかけてきた。マルチーズ。
なんとなく聞いたことがあるような。犬といえば柴犬ぐらいしか馴染みがなかった私は
しばらく頭を傾げ、それが綿菓子の妖精のような犬であることを思い出した。
あの、あれだろうフワフワ丸くてよちよち歩く可愛いやつ。
犬なのに床屋さんで散髪してもらっているからいつも真っ白まん丸なのだ。
犬も散髪できるほどお金持ちが飼っているやつだ!綿菓子の!妖精!!
「かうかうかうーーー!!」と走りながら飼う宣言し叔母に近づくと、
その手には、固く握りしめた巨大ナイロンたわしのようなグレーの塊があった。
急ブレーキで止まった私は絞り出すような声で「それなに」とたずねた。
叔母は「これはマルチーズだよ野良だから毛が伸び切ってボールみたいになってるけどね。」とほほ笑んだ。
思ってたんとちがう……綿菓子の妖精ではなくナイロンたわしの妖怪があらわれた。
「かおはどこにあるの」と聞くと叔母はグレーの毛をかき分けてここだよと言った。
入り組んだ毛をかき分けた底に澄んだビー玉みたいな目が見えた。
散髪が必要なほど毛が伸びてナイロンたわしの妖怪になるのになぜ捨てたのだろうか。うちは貧乏だ、犬に散髪させてはくれない。私は犬の散髪ができない。かなしい。
家に入り大人たちがわいわいマルチーズの話をするあいだ私が飼いたいと言ったことを
蒸し返されないよう背中をむけ一人雪の宿をゆっくり前歯で齧りながら時が過ぎるのを待った。
結果、母の「飼えないよ」の一言でマルチーズは後日、叔母の友人に貰われることになりこの話は終わった。
数日後、憂鬱な気持ちを引きずった私にむかって叔母がマルチーズ、散髪してくれるってと声をかけた。