gogono0513

妄言

目的地には辿り着かない

すごく暇なので前からなんとなく不思議だなと思うことでも書こうとする

 

私は普段から特別夢も希望もなくのんべんだらりと過ごしている。

あまり現実を見たくもないので全体的に薄目で全てを見ている感じの生活なのだけれど唯一の楽しみは美術館へ行く事で、その時はちょっと大きめに目を開いている

 

時々休みを利用して県外へ美術館を目指して1人出かけるとこもあるのだが、方向音痴で頭もあまり良くないので、スマホを利用してもきちんと到着するのか心配で、本当に到着した時は毎回とても嬉しい。

 

到着しただけで喜ぶくらいなので道中の狼狽えぶりは激しく心の中でいつも

今、ここで化け物が現れて私のスマホを奪い取り何度か私をグルグルと振り回したのち

『お前は無力だ!!!』と怒鳴られたらもう美術館にたどりつけないなと想像している

無理だ、私は無力.....1人じゃなんにもできない

 

だいたいそのように大人しく集中すれば達成できそうな事を要らぬ妄想でしょんぼりしているタイミングで、よく知らない人に道をたずねられる。

 

初めて来た土地で「あのぉ、最寄りの駅ってどこかしら」などと声をかけられ(何故かほとんど年配の女性だ)驚いてしまう

 

人は咄嗟のリアクションに本性みたいなものが現れるのではないかと睨んでいるんだけれど

こういう時、素直にいやぁ私も初めての土地で。

調べてみますね。と、言えばいいのに

あっそうですねハイ真っ直ぐで大丈夫ですよ

などとさも知った風に、あたかもここへ来てもう10年っすかね....みたいな空気を出すのだ

もちろん嘘は言わないけれどその知ってます感が

愚か過ぎる。

お前は15分前に来たばっかりだろうよ

 

出先でよく道を聞かれるというのが不思議だなという話がしたかっただけなのに

私がただ妄想癖のある愚か者であるという事実がくっきりしただけの話になったつらい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄のマルチーズ

子どもの頃私は両親と弟、祖父母のほかに叔母と住んでいた。

叔母は、私や弟の世話をしてくれたり家族のためにお菓子を買って帰ったりなにかと面倒見がいい人で、他にも捨て犬を連れて帰っては姉である私の母に飼えないよと言われ

他の飼い主を探したりしていた。

このブログで以前、なんでも拾ってくる祖父となんでも捨てる母の攻防を書いたけれど

叔母は完全に祖父に似たのだろう。

しかし、何と言われても気の毒な動物を見かけたら何とかしたいと思うのが叔母なのだ。

ある日の事、仕事から戻った叔母が庭で遊ぶ私にむかって「ごごちゃんマルチーズ拾ってきたよ」と笑顔で声をかけてきた。マルチーズ。

なんとなく聞いたことがあるような。犬といえば柴犬ぐらいしか馴染みがなかった私は

しばらく頭を傾げ、それが綿菓子の妖精のような犬であることを思い出した。

あの、あれだろうフワフワ丸くてよちよち歩く可愛いやつ。

犬なのに床屋さんで散髪してもらっているからいつも真っ白まん丸なのだ。

犬も散髪できるほどお金持ちが飼っているやつだ!綿菓子の!妖精!!

「かうかうかうーーー!!」と走りながら飼う宣言し叔母に近づくと、

その手には、固く握りしめた巨大ナイロンたわしのようなグレーの塊があった。

急ブレーキで止まった私は絞り出すような声で「それなに」とたずねた。

叔母は「これはマルチーズだよ野良だから毛が伸び切ってボールみたいになってるけどね。」とほほ笑んだ。

思ってたんとちがう……綿菓子の妖精ではなくナイロンたわしの妖怪があらわれた。

「かおはどこにあるの」と聞くと叔母はグレーの毛をかき分けてここだよと言った。

入り組んだ毛をかき分けた底に澄んだビー玉みたいな目が見えた。

散髪が必要なほど毛が伸びてナイロンたわしの妖怪になるのになぜ捨てたのだろうか。うちは貧乏だ、犬に散髪させてはくれない。私は犬の散髪ができない。かなしい。

 

家に入り大人たちがわいわいマルチーズの話をするあいだ私が飼いたいと言ったことを

蒸し返されないよう背中をむけ一人雪の宿をゆっくり前歯で齧りながら時が過ぎるのを待った。

結果、母の「飼えないよ」の一言でマルチーズは後日、叔母の友人に貰われることになりこの話は終わった。

 

 

数日後、憂鬱な気持ちを引きずった私にむかって叔母がマルチーズ、散髪してくれるってと声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにもない庭

祖父は陽気な人だった。

60歳を過ぎてカラオケにはまり人前で歌うことを生きがいにしてあちこち出歩いていた。同じ音楽好きでも聴き専の私が、家でも歌えるじゃんと言うと、人前でないと燃えないという。もう少し若かったら前川清ぐらいになっていたと語る姿に、私と弟はおいおいマジかよと笑うのだが祖父は真面目だ。

私が小学生の頃、祖父は解体業をしていて現場で要らなくなった物を我が家に持ち帰り再利用することが多かったのだが、大抵は即座に母の手によって捨てられていたため庭に物が溢れるということはなかった。

持ち帰っては破棄され、持ち帰っては破棄され、乾いた砂に水を撒くようないたちごっこにも祖父は挫けも怒りもしない。なにもない庭は維持された。

時々、祖父は私を呼び止め「あそこにあった壺(なにに使うんだ)しらんか」

などと聞いてくるたびに「……知らん」と詰まりながら嘘をついた。本当は母がガンガン捨てていたのを毎度のごとく横で見ているのだが何となく祖父がかわいそうではっきり言えなかった。

ある時私は、当時流行りのローラースケートが欲しくて母にねだった所無視され機嫌が悪かった。なんとしても欲しいがどうにかならんものかと庭に出るとやはり今日も母にコレクションを破棄され呆然としている祖父を見かけたので、ローラースケート買ってよとからんだのだがローラースケートが分からないという。

ほら、靴にゴマが付いててシューッってすべるやつだよぅ買ってよぅと駄々をこねる私を見下ろしながらしばらく考え、家の裏に隠してあったガラクタの山から変死体のローラースケートを出してきた。

そんなのいらんと怒った私はその足で母にガラクタのありかを密告した。

数日後、祖父にローラースケートできたぞと言われ首を傾げた。できた?

手渡されたのは、かまぼこ板にゴマを接着させた何かで、確かに私はそう言ったけれど

ブレーキもないしベルトもないし、これはローラースケートではなくかまぼこ板にゴマを接着させた何かであると使うことはなかった。

 

私は大人になり、祖父は大病を患い回復の見込みもなく病院のベッドで眠り込んでいた。

やることもなく何となく病室に置かれたミカンや祖父の手を写真におさめたり、景品欲しさに大量に買ったペットボトルのお茶を祖父の枕元に猫除けのように置いたりしていると目を覚ました祖父が「病気治るんか」と聞いてきた。

「治るよ。ただ年寄りだから治るのに時間はかかるって。今が頑張り時だなぁ」とよどまず嘘をつくと祖父は聞き分けのいい子供のように「うん」とこたえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

おとうと

私には四つ下の弟がいる。

子供の頃は喧嘩が絶えず、というか主に私がコロコロコミック増刊号などで

頭を殴って弟のビックリマンシールを強奪したり、ゲームボーイを意地でも貸さなかったりと、酷いことしかしてこなかったので一万回ぐらいは死ねと言われた仲だったのだが、

大人になってしまうとなにかと話をしたり、私が困っていると助けてくれたりと随分親切になっていた。

 

多分コロコロコミック増刊号で殴り過ぎた

せいだろう、過去の記憶が消えている可能性がある。悪いことをしたと思うが思い出されると都合の悪い事しかない身としては

このままでいてもらう方がが良い。

 

お互いにいい大人になったが、二人で食事にいったりしたことはない。

身近な存在過ぎて考えたこともあまりなかった気がする。

しかし、両親も老いて今後のこともある。介護や僅かな財産分与、税金、お笑い第七世代ってなになど、弟の意見を聞かなくてはいけないことは多い。

先ほど述べたように協力的で話の分かる人間なので、ここはひとつ焼肉でも食べながらそのうち話そうかと思う。

深刻な話ばかりではない、くだらない話もして息抜きをするのもいいだろう。

しかし昔話は駄目だ。

忌まわしい記憶がよみがえってしまうかもしれない(誰のせいだ)

念のためにカバンの底にコロコロコミック増刊号をしのばせたほうがいいのだろうか。